小賢しさほど余計な荷物はない

 今すぐお前は賢い人かバカになれる。どっちか選べ

 そう言われたら僕は迷わずバカを選ぶ

 今回はそういう話をしたい

 

 保険を最初にかけておくが、僕は大して賢くない

 いや、多分僕は僕を賢いとは思っている。というか大体の人間がそうだ。人は自分のことを平均以上に位置すると無根拠に信じる習性を持つ生き物である。その理論で言うならば誰も彼もがそれなりに幸せに自分を評価しているのであろう

 と、いうのは置いといて。僕はやっぱり僕をそれなりに賢いと思っていると思う。そこそこの大学で、そこそこの成績でやってきた。出来ないことはないとは言わないが、大体できる。それなりではあると思う。賢さの定義から話し出すのは面倒だが、まぁ多めに見積もってそんな悪い頭をしているとは思わない

 けど、僕は賢くない。そう思わなければならないだろう。慢心は何の益にもならないし、プライドばかりが膨れ上がる原因でもある。たかが学歴程度で人は判別できないし、賢人と言えるほど成した事柄もない。とか何とか言っても僕は僕のことが可愛くて仕方ないのだろう。というような二律背反に似た感じの自己評価を僕は僕に下している

 

 そして、この思考こそが賢くない理由だと思っている

 

 世の中には考えなくていいことというものが無数に存在する

 脳みそにはキャパシティというものが存在しており、また人はあらゆる物事から影響を受け変容していく生物である。つまるところ、知らなくていいこと、考えなくていいことを脳の中でいつまでもグルグルさせることは本当に無価値なのだ

 僕は色んな事を考えている

 どーでもいいこと、賢ぶったこと、勉学に使う真面目なこと。常日頃ずっと脳みそが動き回っている気がする。表に数字を打ち込むだけの単純作業中もそうだ。常に考える物事を探して、無理やり脳みそを動かして、考えているフリをしているような気がする

 

 これは断じて僕が賢いからなどではない

 これが逆にバカというやつだ。考えなくてもいいことをスパっと終わらせる能力がない。いつまでもダラダラと脳の中であれこれ考えるのは本当に無価値で無意味で、こんなことを続けて毎日が終わっていくのはとても無駄なように思う

 誰かと会話している時でもひたすら目に入ったモノについて思いを馳せている。話題が尽きないという利点はあるものの、頭を空っぽにするということが出来ない。何か作業をしている間も、常にここをこうしたいアレを改善したいと欲望だけが溢れてくる。そんなことするよりも先に前に進まなきゃいけないだろうに

 

 そしてこの思考の副産物は性格である

 端的に言うと僕の根は「なんで?」の民だ。「なんでやらなきゃいけないの」「なんでそれするの」「なんでその話振ってくるの」といったように、あらゆるものに何故何と聞いてしまう性根が存在している

 なんでなんではマジで害悪だ。それは僕も分かっているので、口には出さない。しかし頭の中で渦巻く「なんで」は態度に出そうになる。ルールに対してはともかく、マナー、決まり、伝統、通例。そういった物事を盾に出されたり、皆これやってきたんだよと言われて雑務を押し付けられるともうマジでやる気がゼロになる。習うより慣れろという言葉もあるし、ずっと守られて今の体制が存続しているのだから守ることには意味はあるのだろうが、しかし理不尽に押し付けられた物事が僕の中の許容量を超えると、説明なしにはやる気を出すのが難しくなるのだ

 

 長々と書いたけど、要するに

 僕はあんまりこの性格が好きではない。頭を空っぽにしてハイ! ハイ!と元気よくあらゆる物事に従う生き物でいた方が世の中は楽だからだ

 外向きの顔的な意味で僕はこの誰からも好まれるであろう態度を装ったりもするのだが、性に合わないので酷く疲れる。仕事をしていた時は本当にコレが面倒で仕方がなかった。合コンとか接待とかもそう。たかが数時間、たかが数日程度ではあるが良い人を演じるのは本当に疲れる。でも結局そういう容でいた方が色々と楽になることを分かってはいるのだ

 

 ということで、瞑想を最近やっている

 頭を空っぽにして精神統一を図るアレだ。アスリート気分が味わえて良い感じではある

 続くかどうかは分からないが、この面倒くさい性格をちょっと強制したいと思い始めてきた。僕はバカになりたいのだ。現状が決して賢いわけではないし、むしろ逆にバカではあるが、こんなこんがらがった面倒な僕よりも頭スッカラカンでアッパラパーな僕の方がもっと楽に幸せに生きていけると思うので、ちょっとやってみる

 

 

 

 ここ数日堰を切ったように色々と書き連ねてきたが、これで近況は終わり

 精神的な課題は粗方書き出したし、問題もある程度見つかったように思う

 取り合えずもっと気楽にいこう。自尊心モンスターになってしまった僕は、早いところ穴をあけて萎ませなければならない

 年始に掲げた関わる人を減らすという目標は今のところ順調だ。あまり新しい人との絡みはない。だからこそ味気ない生活だとも言えるが、目の前に課題と問題が山積みになっているので特に問題にも思わない

 ただ少しだけ、彼女に対して面倒くささと感じている。僕は大人にならなきゃいけないのだろうか。いやもう大人だろう。甘えを捨てるべき時が来たのだろうなぁ。書いてると気が滅入るね。人と話してこういうことは改善していきたいものだ