Youtubeについて

 かなり前にYoutubeに動画投稿して伸びたって話をした

 それの続きというか、最近ちょっと思うことを書く

 

 一応だが、始めて二ヶ月で登録者一万人を超えた

 ここは一つの区切りだと思う。少なくとも趣味で適当にやっている人間のチャンネルが登録者一万人に行くことはない。ちゃんとしたラインを超えることは出来た

 そしてYoutubeだけで生きていくのは意外と楽だと思った。ジャンルにもかなり左右されるが、少なくとも仕事よりは遥かに楽だと自分は思う

 

 が、Youtubeと向き合うということは即ち人間の闇の部分と向き合うということに他ならない

 僕はその闇というか、ドロドロとした人間心理を凌駕するだけのナニカを持っていなかった。だから辞めた。一生これで生きていくという覚悟は持てなかった

 それについてちょっと書く

 

 まず最初にジャンルを書かないと始まらない

 例えば音楽作っている人だってYoutuberになるし、筋トレ動画とってる人や街中を歩いてVlog出してる人もYoutuberになる。もちろん全ジャンルを網羅している人なんて存在しないし、自分の属しているジャンルについての知識に偏ってしまうのは仕方のないことなので、最初にこれを書く

 僕が投稿してたのは『解説動画』だ。ゆっくり解説系なるものが動画ジャンルとして存在しており、それをずんだもんに喋らせていた

 解説している内容は実は幾つもあった。例えば世の中には歴史や地理、社会情勢等について話す真面目な感じの教養解説もあれば、本当か嘘か分からないような事件解説系、ホラー要素や怪奇事件を取り扱うホラー解説系、飲食店や商品メーカー等の事件や出来事を取り扱うフード解説系等めちゃくちゃ存在している

 僕はとりあえず4個ほどチャンネルを作り、僕が好きなジャンルの解説動画を4本ずつ上げた。それぞれ5本ほど、つまり合計20本も作ればYoutube君のことを知れると思ったし、伸びた動画に注力すればいいやと始めたのだ。元々動画編集は趣味でやっていた時期があったけど、Premiere pro使うのは初めてだしゆっくり解説系とか見たことはあるけどやったことはなかったし、素材を集めるのがまぁ大変だったのもあって最初から何かで行こうとは思わなかった

 

 結論から言うと、この手法は間違っていなかった

 一週間に10~20分尺の動画を4本作り、それをそれぞれのチャンネルで投稿する。激烈にハードなスケジュールだったが、元々興味があったりしっかり知っているものばかりを取り扱ったので難しくはなかった

 結果、2本のチャンネルは4本目を投稿した段階で登録者が8000人を超えた。そもそも1本目からしてコメントが200件も300件も来たし、高評価も500近く貰えていたので、あぁこれは成功したんだなという確信は最初からあった

 

 ここまではまぁ良い

 Youtuberの収益等もまだ発生していなかったけど、ここまでは順調だったし趣味として成功していた。なんなら就職を辞めて一本入魂してもいいスタートダッシュではあった

 が、ここからがクソだった

 

 第一に視聴者がクソ

 より具体的に言うと、人間ってなんだかんだ言って過激でゴシップでドロドロして燃えるものが好きなのだということ

 10本ぐらい投稿すると段々傾向が分かってくる。こういう動画は伸びて、こういう動画は伸びなくてみたいな。それは編集を頑張っているとか、尺をちゃんと詰めて面白さ100%で届けられているかどうかではなく、単純に取り扱う話題の話だ

 端的に言えば一部の人には刺さるけどちょっとニッチな話題、そこそこ賢くないと動画をクリックしようとすら思わないような話題、は再生数が伸びない。逆にSNSで話題になっているものやヤフーニュースで1000も2000もコメントがつくような話題は、他の記事や動画と同じようなことしか喋らせなくてもバケモノみたいに再生数がつく。そしてコメントも伸びる。僕にはコレがマジで耐えられなかった

 こういう話題を鮮度の高い話題と僕は呼んでいた。時事ネタってやつだ。例えば大谷翔平が50-50を達成したニュースがあったが、取り合えず大谷翔平と50-50というワードが入っている動画を出せばそれで稼げてしまうのがYoutubeだ。もちろんお料理チャンネルがいきなり大谷翔平とか言い出すのは無理があるのでコレは喩えだが、お料理チャンネルでも「暗殺者のパスタ」とかいう時流があった時にはそれを出せば数字が取れていた。そういう話

 もちろん後々のブランディングに差支えはあるかもしれない。これが政治家の汚職とかネガティブなニュースだったら、明るい話題ばかりだったチャンネルがどうして急に? となり次回以降見てくれる人は減るかもしれない。が、時流に乗る者が賢いのは事実だったと思う

 いやエンタメなら時代に適していけよって話だが、ここに追加で「煽り文」が存在する。動画の内容が他人を煽ったり、その問題を白か黒かにしようとしているものは数字が取れる。誰もが浅い知識でコメントをし、誰が悪いどれが悪い何が正しいどうすべきだったを論じ始める。誰に頼まれるでもなく勝手にだ。そして勝手に喧嘩が始まる。コメントが伸びる。なぜか動画は再生数が止まらず、他人のオススメに表示され続ける

 

 要は「人としてこれよくないよなぁ……」ということをした方が数字が取れる世界だった

 単純に合う合わないの話だ。でも、そうやって人を煽ったり自分があたかも批評家や審判者のような顔をして愚民に餌を投げ続けるような人間であり続けるのは僕には無理だった

 そしてそういったものを好んで食べようとする人が世の中にはあまりにも多すぎる。皆誰かの不幸が好きだし火事が好きだし適当なことばっか言ってる動画にgoodボタンを押すし再生数の肥やしに自ら進んでなりに行く。何度か僕はこれでゲロを吐いた。人間の汚さが僕には耐えられなかった

 

 

 二つ目は労力について

 ネタ切れの話だ

 これは僕のジャンルのせいでもあるが、20も30も動画を作っていくとネタがなくなる。新しい動画を作るために沢山のインプットが必要で、間違ったことを許せないから下調べに非常に時間がかかる

 世の中の多くの動画は嘘をついている。政治系解説動画も適当言ってるものが9割以上だし、過去ネタを扱ったものも憶測と妄想で構成されているものばかりだ。調べものをせず、取り合えずどっかに書いてあった文章を使ってかさましをしている。僕にはそれが受け入れられなかった。当事者でない以上限界はあるのが当たり前だが、情報を扱いそこに生きていた人がいる以上限度はあると思っていて、だからこそ僕は大学で実際に会った人から聞いた話や、実際に自分が論文を書く過程でお会いした人達、ちゃんと著書を全部読んでどういうことがあったのかを確認し、その上で自分のエゴを押し通す選択をしていたが、そんなガチガチの思想や律義さはエンタメには必要がなかった

 結果として、速さが全てのYoutubeで僕は遅かった。どの動画よりも面白く深いものを作れていると思っているが、結局再生数を取れても動画本数で劣っていれば知名度は向こうのものだ。そして僕がちんたらしている内に、過去に出した動画と全く同じ話題を適当な内容で作り出すコバンザメが大量に湧きだした。四ね

 動画を作る労力と、そういった後追いコバンザメ共に精神的に疲れてしまった点。これが二つ目の理由だ

 

 三つ目は収入

 Youtubeが稼げているのは今だけだ。10年後20年後もYoutubeが続いているとは僕は思っていない

 音楽とか配信者とかはそれでいい。彼らはYoutubeというプラットフォームが消えようと、その才を他の場所で活かしていける。しかし僕のやっている解説系はプラットフォームありきだ。ずんだもんありきだ。自分の生殺与奪権を他人が握ってしまっている

 2つのチャンネルで月に25ほど貰えていたが、これを更に伸ばしていくのも中々難しかった。僕が就職を考えていた先は初任給で30貰えていた。Youtubeを続けていく意味が分からなかった。

 

 以上三つがあったから、僕はチャンネルを捨てた

 というかチャンネルを買いたいという人や、良く分からんスパムに人生相談に誹謗中傷にとYoutube用に作ったSNSやメールはゴミで一瞬にして汚された。それを見て更にやりたくなくなった

 この世には汚いものが多すぎた

 

 何が言いたいわけでもない

 ただ、先日ふと友人と話している時にこの話題になったのと、最近ブログ更新してなかったのと、あれからYoutubeについて何も書いてねえなって思ったので書くことにした

 これで終わり。僕はYoutubeは使い続けるけど、投稿者には一生ならないだろう

 

 それと今年半ば、六月ぐらいにここ一年半の結果をまとめて報告できると思っている

 そのためにしばらく頑張ってくる

あけまして

 なんとやら

 毎年頭にはブログを書く習慣を消化しに来た
 なんと六年目にして1/1に書くことを忘れてしまっていた。申し訳ねえ。30日までは覚えてたんだけどな。まぁ1/3も元旦には違いないので許してくれ。不完全でも続けるのが継続のコツや

 

 というわけで、色々書いていく

 

 去年の反省から

 まぁ失敗は多かった。仕方ない。初めてのことばかり過ぎて色々空回った

 ただその分経験できたことは多かった。悪くなかったと思おう

 一番素晴らしいのは仲間を一人見つけられたこと

 出会いに感謝を。この縁を大事にしていきたい

 と言っても最近マジで連絡取れてないんだが。今日中に連絡取らないとな

 

 今年の目標について

 取り合えず目の前のことを一つずつ全力で終わらせること

 展望は持たない。行き当たりばったりかもしれないが、とにかく一生懸命に一つずつだ。今は色々考えるのではなく、愚直に手を動かす段階である

 あーだこーだ言わずにしっかり動き続けたい

 

 

 

 こんなところかな

 曖昧過ぎるが仕方ない。もう一年ほど僕には必要だ。思えば今年は全くブログも書いていないことだし。そういう一年だったということである

 いや、疲れたよ。でもそこそこ楽しい。しっかり歩めている気がする

 さぁ頑張ろう

身体と時間が足りない

 やりたいことが山ほどあるのに、身体も時間も足りない

 つーかこんなブログ書いてる場合じゃない。勉強しないといけない。でもダルい。頭狂いそう。先週三連休で50時間はガリ勉してる。今週はこのペースだと55いく。疲れた。やめたい。休んでいいか? 三連休だよな? 死ね

 

 やるしかない

 資格を取るのだ。頑張るのだ。継続こそ力。頭悪いんだから詰め込みまくらんと上がれねえよ。頑張れがんばれがんばれがんばれ。やるしかない。やるぞ

身体が痛くてたまらなかったのが、野菜を食べたら治ったという話

 アホみたいな本当の話

 

 僕は結構不摂生というか、食事をそもそも抜くことが多い

 具体的に言うと一日一食、酷い時は三日に一食二食で済ませることもあるぐらいだ。水とタバコは一日中口にしているのだが、それは食事じゃないだろう

 

 そんな食生活をしていたせいか、身体がなまりになまったせいか、デスクワークばかりしていたせいかは知らないが、身体が痛くてたまらなくなった

 この表現は若干不適当かも。正確には『ふくらはぎが痛い』『二の腕が痛い』『マッサージしてもストレッチしても痛い』『がちがちに強張っているような、でも触ってみると全くの普通で、筋肉というか繊維というか、それらが痛みを訴えているような状態』『特に酷使しているわけでもないし、寝違えたとかでもない』というような状態だった

 

 原因が分からなくて、結構焦った

 去年までは筋トレしていたし、それなりに筋肉もあったのだ。働いていた時は普通に外歩き回っていたし。ただ、ここ数週間マジで痛かった。筋肉痛の弱い奴がずっと続いてるような感覚に悩まされていたと言ってもいい

 色々と調べて、youtubeでマッサージとかの動画見て、ストレッチして、寝方改善して、と。色々やってみたが全く効果のないまま一週間ほどが経った

 

 そんな原因不明の痛みだったのだが、なんとキャベツの千切りを食べたら治った

 マジで

 

 どうにも野菜を全く食べていなかったのが原因だったらしい

 記憶を遡れば確かにここ数ヶ月、野菜というか、食物繊維は食べていなかったように思う。人参とタマネギと、卵とネギ、それから納豆。この5種類以外に栄養になりそうなものを僕は購入していない

 僕はずっと自炊しているのだが、自炊しているが故にこのような事態に陥ったのだと思う。外食してた頃ならもうちょっとバリエーション豊かなもの食べてた気がする。思い返せば僕、パスタとカレーしか今年に入ってから食べてないわ

 中々トチ狂った食生活をしていたせいで、栄養が偏りに偏ったのだと思う。いやホント、キャベツの千切り食った次の日の朝の快適さと言ったらなかった。カレーは栄養の塊だと思ってたから油断してた。人参とタマネギと肉しか入ってないスープが栄養あるはずがなかったのだ

 

 とりあえず、今後はキャベツの千切りも食べようと思う

 というかキャベツおいしいね。食べやすいし、味するし、栄養取れるしで結構好きかもしれん

あけましてほにゃららら

 というわけで、新年恒例のブログを書く習慣とやらを消化していく

 なんだかんだで4年連続で守っている。一年の内たった数十分するものを習慣と呼ぶのはいささか抵抗があるものの、まぁ継続はえらいことなので良いでしょう。ぼくえらい

 

 去年の反省からしていこう

 去年一年で思い知ったこと、それは労働はクソだということだ

 まーじーでーくそ。会社勤めは地獄である。毎日身だしなみを整えて、何十分もかけて職場に赴き、誰かの下につき、誰かと興味の全くない話をし、何一つ楽しくない仕事を十時間もやるなんてことは僕には不可能なのだと思い知らされた

 労働から逃げるための労働をしなければならない。これは僕の人生における重大ルールみたいなものである

 

 次に人間関係

 あまり反省はないが、改善はあるかなぁって感じ

 僕は身の回りにあまりにも善人が多すぎる。今まで本当に恵まれてきたのだなぁと思う

 つまり何が言いたいかというと、世の中の大多数の人間は善人ではないのだ。頭がイカれたゴミのカスみたいな精神の奴らがうじゃうじゃいる。本当に。今まで僕が「こいつなんかやべえな、近寄らんとこ……」とか思ってた人達の何倍ものヤバさを有する人間が、世の中には溢れかえっているのだ

 その辺の感覚の齟齬を去年は体感した。大学という学び舎、そこで出会った人達。それらはぬるま湯だったのだ。そんなところからいきなり寒風吹き荒ぶ大海原にダイブしたもんだから寒暖差で精神がイカれかけた。世の中マジでクソ

 パワハラは平気でするし口を開けば女とギャンブルと愚痴しか吐かないし仕事はできないし声だけでけぇし話は要領得ねえし。そんなモンスターが五万といるのだ

 しかし、それが当たり前なのである

 僕は間違っても彼らを僕と同じ人間だとは思わないが、しかし自分が狭いコミュニティでぬくぬく過ごしてきたということには目を向けなければならない。率直に言えば、もうちょっと対人関係におけるストレスの処理だったり、どーでもいい相手をどーでもいいと思いながらやり過ごす術のようなものを身に着ける必要があると思った

 ある程度想定はしてたんだけど、甘かったといわざるを得ない

 コミュ力を強化する必要がある程度あると思う

 

 あとは進路

 とりあえず在宅の仕事をやりながら、昔バイトさせてもらったものに手を付けることで生き永らえている

 と同時に、色々やりたかったことに手を出している

 成功したり、ちゃんと形にしたら、詳しいことを書きたいとは思う。今はまだ何者にもなれていないぺーぺーの無職なので書かないが、ちゃんとした"夢"のようなものが出来た。それを叶えるために色々とやっている

 おかしな話だ。あれだけ義務教育で「目標を持て」「夢を持て」と言われ続けていた時には何一つそんなものを持ったことがなかったのに、大学を出て会社を辞めてから夢が出来るだなんて

 遅すぎるにも程があるが、物事を始めるのに遅いなんてことはない。会社に勤めなくていいという幸せを噛みしめながら好きなことをやれている今は、割と人生で最高レベルに充実していると思ってる

 

 こんなところか

 波乱の一年だったとはいえ、割と達観してる気がする。人間行くところまで行くと視線が変わるんだなって感じだ。一ヶ月前に泣きながら辞表を出したことがもう遠い過去のように感じている。むしろ一昨年あたりの人間関係の痴態の方が未だに記憶に残っているぐらいである

 就職と退職というイベントは、他人から見ればデカいことなのかもしれないが、少なくとも今の僕にとっては仕方のなかったことのように思えている。アレは僕の過失だとか、僕の選択の結果だとかではない。僕の人生における強制敗北イベントみたいなものだ。いつかああいう経験をする日があって、それがたまたま今年だっただけという認識だ

 まぁそう思いたいという欲望もあるのかもしれないが、少なくとも開き直り切れるだけの頑張りを僕はしていたし、嘘偽りなく辞めるその瞬間までは優秀な新入社員であったと自負している。会社に入ってすぐ辞めた。一文で済む内容でしかないのだ

 

 

 

 そして今年の目標としてだが、既にもう色々と具体的な目標や目途はついているし、上でも色々と反省を踏まえた今後の改善についても書いたので、ちょっと今年はぼかす

 あまり公共の記録物に残したい類の目標ではないのだ。上の方で夢夢書いたけど、夢を語るだけなら簡単で誰にだってできる幼稚なことでしかない。有体に言ってしまえば、この年齢にもなって「今年の目標は夢を叶えることです!」なんて宣いたくないのだ。恥ずかしいから

 何かしらの形にしてから、色々と書いていきたいと思う

 

 それともう一つ

 今年は「誰にも求められていない感想や批評を、公の場で口にしない」を徹底したい

 これは僕の性格の悪い部分だ。他人や物の粗探しをする癖がある

 誰かに聞かれたら答えよう。それまでは、絶対に表にそういったことを漏らさないようにする。SNSでも、人と話している時でもだ

 誰かを喜ばせる言葉だけを使っていこう。僕も喜べる言葉を使おう。アレがダメだった、コレが良くない、ここをこうしていればよかった。そういった物言いを、今年は絶対に辞めることにする

 今までもコレは意識していたのだが、このせいで失った人との縁や、このせいで負った余計な期待、このせいで取られた時間が、結構バカにならないと思い始めてきた。その分僕は人より反省が早く、モノづくりや仕事において完成までの道のりが早かったので「長所でもあり短所でもある」程度の認識だったのだが、これからは一人で物を作り一人でそれを売る人間としてやっていく関係上、自己完結で留めるべきだ。他人に関わる余裕なんてものはないし、そうなってしまえばこの性格は「他所の粗探しをしているだけ」の悪い性格でしかない。

 直そう。まずは形からだ。口に出したり、文字に書いたりするのを辞めれば、性格は変わるものだと僕は信じている。改善しよう

 

 

 

 

 

 こんなとこかな

 とりあえずクソ眠い。年末も作業作業作業だった。金がないってマジで素晴らしく不幸なことだな?

 クソヤバい状況からは抜け出せたものの、割と家計は火の車である。もう二ヶ月ほどはしっかり仕事してお金稼がないとダメだ

 でもまぁ正月である。一日ぐらいしっかり休んで、それから頑張っていきたい

生きなおそうと思う

 こんばんは

 今日は少し、大事なことを書こうと思う

 多分、ここ数年で一番、僕にとって大切な話になる

 

 沢山書きたいことがある。誰にも言ってないことが山ほどある

 ただ、僕は少し書きすぎてしまったり、喋りすぎてしまうことが多い

 そして、それはダメなことだと思ってる。言葉は選ぶものだ。重ねるのではなく、率直な一言であるべきだと思う。

 だから、明瞭な事実と、簡潔な説明を心がけて、記事を書こうと思う

 

 

 

 僕は今、かなり追い詰められていると思う

 理由は単純だ。会社を辞めた。完全に退職し、日本に戻ってきている

 今はインターネットカフェでこれを打ち込んでいる。明日には住むところから探さなければならない。借りていた家はもうないから

 

 ちなみに辞めた理由は単純だ

 海外が合わなかったのと、全てが嫌になったからだ

 色々ある。それこそ辞めるに至った理由なんてものは山ほどあるし、考えたことも山ほどある

 ただ、僕には無理だった。海外赴任が、という話ではない。毎日毎日、誰かと同じ時間に同じ場所へと毎日出社し、日中何時間もつまらない作業を続け、日が暮れ夜がふけてからフラフラになって家に帰り、明日のために寝る。これを五日間繰り返し、二日間の休日を得る。この毎日――もっと言えば「社会人生活」というものが、あまりにも肌に合わないということを、理解した

 海外赴任でガタがきた。海外に飛ばされていなくとも、きっと半年もすればガタがきていただろう。それくらいには、僕は限界だった

 

 誰かに分かってほしいとは思わない。これは僕の欠陥だ

 死ぬまで治ることのない、僕という人間の負の個性なのだろう

 ネガティブに書いてはいるが、正直言ってあまり堪えてはいない。元々その兆候は嫌というほどあったのだ。それでも頑張って大学に行き、院に行き、就職活動をして、入ることのできた大企業だったから、何とかなると思っていた。正しい生活を送ればいつかは慣れると、そう思ってきた

 現実は違った。それだけの話だ

 

 そしてもう一つ、こちらが結構大変な話

 貯金が底を突きかけているのだ。具体的には来年頭に餓死する

 

 僕は言ってはなんだが結構お金持ちの家に生まれ、また幸運にも学生時代にそれなりに稼いでいた人間であり、お金に困ったことがなかった。大学三年生ぐらいからは学費から生活費まで全て自分で払っていたから仕送りも断っていたし、困ったことがあれば面倒を見てもらえるぐらいには家族にも余裕がある。そんな生まれをしている

 

 ただ、それら二つで稼いでいたお金がここ一年ですべて消えた

 理由は単純。会社を辞めたことで実家と絶縁状態となったのと、持っていたお金を全て友人にあげてしまったからだ

 

 後者はまぁ僕の趣味というか、なんというか、自業自得なのだが

 というわけで、ギリギリ1,000万円ほどの残高をずっと推移させていた僕の口座には、今ほとんどお金が残っていない

 唯一あるのはここ二ヶ月、僕が働いて貰った給料だけだ

 新卒一年目の初任給+α程度しかないので、結構ピンチという話である

 

 そして初めて思い知ったのだが、金がないというのは素晴らしく不幸だ

 端的に言えばストレスだ。精神的な余裕がない。命が追い詰められている感覚がある

 まぁ会社を辞めた僕が全て悪いのだが、しかしここまで堪えるものだとは思っていなかった。凄い

 

 そしてもう一つ付け足すのだが、実家には命乞いをする気がない

 当たり前だ。既に二度裏切ってしまった身であり、これ以上どんな顔をして話せばいいか分からない間柄だ

 恥知らずにも頭を下げる、というのもまた一つの道だろうが、それをした瞬間僕という人間は終わるだろう。その実感がある。まぁ流石にちょっと情けなさすぎるのでね

 

 と、いうわけで

 金のない無職になってしまい、結構追い詰められているという話だ。ふふ

 

 いやぁ、流石にここまで酷い生き物になるとは思ってなかったな

 でもまぁ夏に就職しなかったら似たような生き物になっていたことを考えると、やっぱり僕はこうなる運命にあったのだろう

 

 とりあえず、今何を考えているかというと、市役所に頼み込んで延命するかどうか悩んでいるという感じだ

 生活保護、は実家に連絡が行くため最終手段になるし、流石にちょっと受け取れるような人間ではないと思っているので遠慮するが、それを抜きにしても色々とお金を借り受けたりする手段はあるらしい

 僕は今、家がないどころかケータイもネット回線もない状態であり、長年ずっとやってきたコーディングのお仕事用のPCとかも全部売り払った、マジのマジで詰み掛けている状態である

 友達にお金をせびるのも考えたが、とりあえず市役所にお金を借りて、二ヶ月で稼ぎなおして返そうかな、と考えている

 

 自分で書いてみて思うけど、凄いな

 まさかこういう困窮者用の最終手段みたいなものを、まさか自分が使うことになるとは思っていなかったため、乾いた笑いが浮かんでくる

 

 でもまぁ、仕方ない

 本当に。仕事を辞めると決意して、凄く気が楽になった

 辞めたくて辞めたくて仕方がなかった。精神がどうにかなりそうだった

 漫画もゲームも出来やしない。つまらないつまらない毎日。世に生きる大勢がこんな、こんな生活をずっと続けているだなんて知ってしまって、僕は本当に頭の下がる思いをした

 

 だが、僕には雇われ生活は無理だ。絶対に。神に誓って不可能だ

 フリーランスで生きていくしかない。外注業務で生きていくしかない。リモートワークで生きていくしかない。辛い道なのは分かってる。それでも、それしかないんだ。今までずっと趣味でしかなかったそれらで、僕は食べていかなければならない。そういう生き物なのだと、この二ヶ月で僕はようやく理解した

 

 というかこれくらいが僕にとっては丁度いい

 今までの生活は甘かった。余裕がありすぎたんだ

 お金という保険があった。実家という保証があった。若さという武器があった。学生という建前があった

 今はない。全て消えた。どこからどう見たって追い詰められている

 でも、凄く楽な気分だ。全て一からではないが、でも、ここからスタートしていくのだという感覚がある。ようやく、生きているのだという実感がある。

 

 いつ死んだっていいんだ

 なら、最後の最後、追い詰められた今この時に何をしたって、大丈夫だ

 好きなことをやろう。後先考えずに、いっぱいやろう。書きたかったライトノベル、作りたかったゲーム、読んでみたかった本、やりたかった翻訳活動。いっぱい、いっぱい残ってる

 

 好きなことで生きていくのは辛いと、偉い人が言っていた

 大学を出て新卒でいい企業に入るのが賢いのだと、あらゆる数字が言っていた

 親は毎日朝早くから夜遅くまで働いてくれていた

 だから、僕も、賢い生き方をすべきだと思っていた

 

 悪い、無理だった

 勉強はちょっと出来たけど、頭は悪かったらしいんだ

 バカみたいな生き方でいくよ。才能がなくて努力が足りなかったら速攻死ぬような生活だけど、今、これまでにないぐらい気が楽なんだ

 

 とりあえず、お金があるうちに、保証人のいらない安いアパートを探そう

 そして住民票移して、市役所いって、頭を下げてお願いしよう

 もう朝起きることや、誰かの顔色を窺ったり、真面目なフリをすることを、頑張らなくていい

 好きなものをいっぱい作っていこう。僕の感性が死んだ時、僕も心中しよう

 それを誇りに思えるように、これから生きていこうと思う

 

 来年頭にまた、少し書く

 しばらくはお金だ。半年は金の亡者になると思う

 楽しみだ

メンタルヘラってる

 海外赴任が決まりました。

 

 お久しぶりです。今年夏、9月付けで就職しました。

 フリーターというかフリーランスというか、そんな感じの生き方がしたかったんですけどね。あまりにもブラブラしすぎていたので親戚に「コネを使ってやるからちゃんとしたところに就職しろ」と散々言われ、多分大学や会社といった枷すらなくしてしまうと産業廃棄物が誕生するだろうなという実感があったので、就職してしまいました。

 

 弱いなぁ、本当に。

 僕にフリーでやっていけるだけの能力があれば、ちゃんとクリエイターとしてやりたいことだけやって生きる生活が出来ただろうに。

 でも好きなものに生活全てを賭けるってのが危険な道なのも知ってる。万が一僕の感性が社会からズレた時、面白いものを作れない=死の危険性があるわけだから。だから創作活動なんてものは趣味に留めておいて、本業をやりつつサブで這い上がっていく方が賢いのも分かってる。ただ、賢さではなく狂気というか覚悟のようなものが、クリエイターにとって必要なのだろうなとも僕は思っており――――

 

 まぁうだうだ言っても仕方ない。もう雇われの身だ。

 

 そして雇われの身からもう一つ、海外赴任が決定しました。

 地獄だ。マジで。

 行き先はタイ。これを書いている今、海外赴任のための研修を受けている真っ最中である。頭おかC。

 9月頭からお仕事してるんだけど、そこからだいたい2週間研修で、親のコネではなく一次面接から僕はしっかり自力で上がってきていたため、時期こそ半年近く違うが院卒新卒と同じ身分で雇われているはずである。

 が、海外赴任である。まだ入って一ヶ月足らずのこの時期にだ。頭おかしいだろマジで。

 

 理由はいくつかある。

 まず僕が海外に行ける人間だからだ。英語力と資格とパスポート、そして単身海外赴任に「〇」をしてしまっていること。僕はこれら四つの海外赴任条件を満たしている。

 次に欠番。どうにもタイの支部で恐ろしい数の欠員が出たらしく、また時期が時期なので本社の人間に空きがない。とにかく日本人の正社員の頭数が欲しかったので、新入りの極みのような僕にもお鉢が回ってきたらしい。

 

 これ以上書くと身バレしそうだから口をつむぐが、猫の手を借りたいぐらい今大変らしい。

 だから会社様もかなりお給金に色を付けてくれてるし、一般的に言えば海外出向は「出世ルート」だ。役員以上に上がるには皆、海外で2~5年の経験を積んでくるのがうちの会社の王道ルート。それを鑑みれば僕は恵まれているのだろう。

 実際待遇は超絶ホワイトだ。今は海外赴任のための検査であったり、語学や向こうでの仕事内容の研修を行ってもらっているが、指導役をしてくれる人事の人はマジで腰が低い。事あるごとに「ごめんね君達、本当にごめんね。頑張ってね。お金は出すし、要望にも出来る限り答えるからね。ごめんね」って言ってくる。憎めない。

 

 が、辛い。

 住んでいたアパートにようやく戻れたので最期のインターネットを楽しんでいるのだが、涙が出てくる。だってタイだぞ。日本じゃないのだ。もう気軽に自宅には帰ってこれないし、オンラインゲームも出来ないかもしれないし、友達にも逢えない。日本語以外が飛び交う国だ。強盗や殺人の比率も高い。何より絶対忙しい。忙しいんだ。

 いや、分かってる。幸せなんだよ僕は。恵まれてるんだ。別にタイに行っても死ぬわけじゃない。やろうと思えばゲームも出来るし、ネットサーフィンも出来る。友達とも連絡できるだろう。良いところだっていっぱいある。棲めば都とも言う。何も悲観する理由がない。そうだろ? 分かってるんだ。

 

 でも、涙が止まらないんだよ。

 僕おかしいのかな。アパートに二週間ぶりぐらいに戻ってきてさ。エレベーターで自分の階層を押してさ。電車でずっとタイについて調べながら、必要な物書き出したりしてたのが、エレベーターに乗ってる最中にわって頭に浮かんできて。で、次の瞬間には涙が零れてたんだよ。

 あぁもう帰れないんだなって。来るところに来てしまったし、行ってしまうことになるんだなって。今から愛しの安心できる我が家に戻るっていうのに、明日にはまた電車に乗って本社行って、明後日には飛行機に乗る。それを想像しただけでどうしようもなくなってしまって、涙が出るんだよ。

 

 寂しさなのか? 悲しさなのか? 絶望なのか? 諦念なのか?

 分からない。この感情が何なのか、何に対して泣いているのか、僕自身にも分からない。

 

 一つ言えるのは僕が弱いということだ。

 死が決まったり、重病が見つかったわけじゃないんだ。左遷されたり、退職するわけじゃないんだ。たった数年、海外に行くだけ。それも給料は良いし、年に何度かは帰ってこれる。

 これで泣くっておかしいよなぁ。僕と一緒に行く人たちと話してても分かる。彼らは不安も抱えていたけれど、喜んでいた。見えないところで泣いていたかもしれないけれど、それでも僕より何倍もやる気があって、未来に明るい展望を抱いていた。

 

 僕だってそりゃあるさ、喜びぐらい。

 新天地がどんなものなのかなっていう期待。そんなワクワクもそりゃ、少しはある。

 でも涙が出てきた時に理解した。僕は皆と逆だ。当たり前の不安と、当たり前のワクワク、じゃあない。不安を隠すための少しのワクワクと、漠然とした巨大な不安がずっと、頭の中をぐるぐると泳いでいる。

 

 うっとおしい思考だ。僕でもそう思う。

 ただそれでも、涙が時々零れてくる。家に付いてからずっと不安定な胸中でいる。波のように訪れる、一定間隔の泣き虫タイム。不安で不安で仕方がない。今逃げだしたらどうなるのだろうという弱気な思考。今すぐ本部の人に泣いて許しを乞えばタイに行かずに済むのではないかという甘え。実は明日の朝起きたらタイ行きは失くなっていて、残念そうな顔をしながら内心喜びつつ前の職場に戻れるんだ、なんて。

 そんなあり得ない仮定の話を、もう何度、考えたんだろうか。

 

 でも、何をうだうだ言ったところで未来は変わらない。

 ここで走って逃げだすという選択肢もあるだろうが、逃げるのはタイに行ってからでも出来る。そもそも逃げたらほぼ退職だ。左遷は免れないだろう。こんな時期に就職させてくれただけでも有難いほどの大企業様なのだ。これほどホワイト待遇をしてもらっておいて裏切るような真似は出来ない。

 

 だから、やるしかないのだ。

 覚悟を決めないと。僕はやるんだ。やるしかないんだ。頑張れ。きっとできる。

 

 ただ、今日だけはちょっと泣く。

 逃げたい。でも、逃げたらダメだ。頑張らないと。

 明日からは気持ちを入れ替えて、しっかりと教わったことを反復しながら、明後日のために準備していこう。